<時計台>
臼田君とは五番館のカーサで30分ほど会話をして別れたが、そのあと新しい営業所に真面目五郎さんを訪ねた。時間が無い中であれこれと情報交換。お互いに苦労が耐えない。支店のかつてのアイドル嬢・世津子さんとも4年半ぶりの対面。「お若くなりましたね。」との世辞に、瞬間、まんざらでもない顔をしてしまった私。
会社から札幌駅までは、札幌の中心・大通公園を経由して町の変貌を観察しながらの道行きだ。
途中改装なった時計台の前を通る。観光客が晩秋の寂しい記念塔の前で記念写真を撮っていた。北海道赴任時代は工事中でついにお目にかかることはできなかったのだが、札幌の時を知らせる時計の塔がイルミネーションに輝いて見えた。

観光名所の時計台だが、「これだけ?ちっとも見るとこないじゃない!」が若い旅行客の大方の評価。だから記念写真だけ撮ってそそくさと次に向かう。
果たしてその歴史は?
実はこの建物は、札幌農学校が草創のころ体育目的に兵学を採用し、その訓練の場とするために建築された多目的ホールであった。その一部である鐘楼に数年後(明治14年)に米国ハワード社の振り子時計を輸入し、現在見られるような姿になったものである。
明治14年当時、時計というハイカラなモノは法外に高価で、一般家庭に普及するなどということはありえなかった。したがって
時間を知らせてくれる時計台の存在は便利でもありまた物珍しくもあり、札幌っ子の自慢でもあり、注目を集めたことは間違いない。
当時は札幌農学校もこのあたり(大通り公園近く)にあったのだろうから、時計台と農学校は札幌を代表する話題の建物であったのだろう。
時代は移り時計台の、時を知らせるという機能は携帯電話にその役割を譲り、いまやただ静かに佇むだけではある。しかし歴史を温ねれば、人の一生よりはるかに長い時間、時計台は札幌の開拓の歴史をじっと見守ってきたのである。けっしておろそかにしてはなるまい、と思う。歴史を蔑むものは歴史にしっぺ返しをくらいますよ!
<小樽逍遥>
仕事をしている間にママさんは小樽逍遥に出かけた。
かつて、幾度と無く東京の友人たちを引き連れて案内した街・小樽。どこを歩いても迷子になることはないし、ここかしこ歩いているうちに過去の記憶が蘇り、懐かしく感じたことでしょう。
北一ガラス、オルゴール館、倉庫街、地ビールと小樽ワイン、すし屋通り、青山家跡、にしん御殿、海陽亭・・・。最近、築港駅にマイカルをキーテナントとした巨大ショッピングセンターが誕生したが、マイカルの突然の倒産で小樽の町もてんやわんやというところだろうか。

後で聞いた話。あてにしていた名物「ばんじゅう」は店がお休みであったとか、それは残念でした。
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1.プロローグ|2.晩秋の北大|3.時計台・小樽逍遥|4.札幌の夜・ススキノ|5.ヘソを目指して・桂沢湖・三段の滝|6.富良野・美瑛パッチワークの丘|7.美瑛のラーメン・望岳台|8.十勝岳温泉|9.札幌すし善|10.エピローグ中島公園
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