いよいよ大江湿原に入った。
「この瞬間、幸運にも青空が見えてきた!」、などといえばあまりにもドラマチックで「嘘!」といわれても仕方ないが事実。明らかに天の神はこの日のわたしたちに味方をしてくれた。
湿原は広い。ゴルフ場もできるし、テニスコートを作ったら何面できるだろうか、などと不埒な考えをめぐらせながらも足元の小花に目がいってしまう。
少し気になったのは湿原の乾燥状態。
北海道の釧路湿原では湿原後退の危機的状態が声高に叫ばれていたが、尾瀬はそうならないで欲しい。そのためには水を貯める周囲の山や森の健康状態を維持するのが第一だろうし、そのためのブナ系の植林が急務だろうか?
湿原の入り口に緑は少ないように感じたが、その中で目立つのはまず「水芭蕉」、次は薄い青紫の「タテヤマリンドウ」。この花は天気のよい日だけ開き、夕方には閉じる。花言葉「悲しんでいるときのあなたが大好き」は意味深だが、このモニター上で再現の難しい薄い色が悲しみに通じているのかもしれない。
武田久吉氏は「尾瀬紀行」で「紫の唇をほころばせ、天を仰いで笑みをもらす。この世のものとも思われない。」と綴っている。
タテヤマリンドウと交錯しながら競い咲くのは紅色の「ショウジョウバカマ(猩々袴)」。葉の上に咲くピンクを、能楽の「猩々」の赤い頭の毛にたとえ、下の根生葉を袴に見立てて名づけられている。猩々とは、中国から伝わった想像上の動物である。オラウータンをモデルにしたといわれ、大の酒好きで真っ赤な顔をしており、室町以降「能」にも登場するようになった。いくら汲んでも尽きることのない不思議な酒壺をもたらし、富と幸せを運んできてくれる福の神として、庶民に親しまれてきた。それなら、わたしにも猩々が欲しい。神棚に祀り上げて毎朝手を合わせるのだが・・・。
しかし教養のある昔の人は語彙が豊富で命名が上手い。
しばらく行くと、左に小さな橋がかかっている。小淵沢田代に分岐するこの橋の下を流れる大江川は、この先も木道とつかず離れず併行して、尾瀬沼に注ぐ。その「せせらぎ」の音と小鳥たちの鳴き声とは、それ以外に音のない静寂の世界で心地よい旋律を奏でているが、なんといっても名曲を引き立てるのは白い水芭蕉。流れの淵に沿って自然に咲く花姿は、緑を敷きつめた大江湿原の景観にしっくりと溶け込んでいた。
ここから小淵沢田代を経由し尾瀬沼に抜ける山道を選択することもできるが、わたしたちはのらりくらりと湿原を歩く。
川の畔に「コバイケイソウ(小梅尅吹j」の若い葉が密生している。この植物はあと1ヶ月もすると白い花を茎先につけるが、一斉に咲く年と咲かない年が繰り返される。今年は当たり年になりそうなけはいだ。ニッコーキスゲが咲く7月20日過ぎの湿原の、黄色と白の花の饗宴は見応えがあること間違いない。
もう一つ刺激的な光景はリュウキンカの黄色い群落。原色に近い華やかな黄色は薄い緑を主体とした湿原に異彩を放つ。弱々しい亜高山の植物の中で力強い原色はひときわ目立ち、記念写真の格好の背景となる。
目を上げると、山際の明るい境界線に立つ白樺の若葉は背景の深い緑と好対照で、なんともいえない柔らかさを演出していた。
<続く>
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