清涼寺から
大覚寺へ
祇王寺から化野（あだしの）念仏寺まではさらに北へ10分ほど歩くのだが、化野は鴨川の東・六波羅に似た土地で、また今日も亡霊にごあいさつというのも陰欝に落ちるので、ここは方角を陽東にとることにした。
祇王寺の親寺である南山・大覚寺にむかったのだが、途中清滝街道を下って、浄土宗の名刹・清涼寺（釈迦堂）に立ち寄った。
＜高級住宅地と嵯峨豆腐＞
北嵯峨野の一帯は新興の住宅地といえるのだが、驚くほど立派な門構えの、豪壮な邸宅が多い。なぜ？と考え込んでしまうほどで、土地成金かIT成金かあるいは京都特有の中小企業の経営者か、東京のことをあてはめても思い当たる場所がなく、わたしには容易に理解できなかった。
後刻、今回の旅行で初めて利用したタクシーの運チャンにお聞きしたところ、「大覚寺門前は昔からのお金持ち」で、わたしが歩いた「清滝街道の西側は新興」なのだそうだ。しかし、単純に家にお金をつぎ込む「土地柄」という理解だけでいいのだろうか。どなたか教えて欲しい。
さて、清涼寺といえば、「森嘉の豆腐」が有名である。 長州の大村益次郎と同様に、わたしも大好きな豆腐の話。 わたしの子供のころ、近所に手作りの豆腐屋さんがあった。 豆腐屋のおじさんは早起きして自分で作った豆腐を自転車の荷台に積んで、「トーフー、トーフー！」とラッパを吹きながら売りに歩いていた。 そんな町の豆腐屋さんがいつの間にか姿を消し、大量生産のスーパーの豆腐が食卓にならぶようになってからは、たまに手作りの豆腐を食すると（手作りというだけで）おいしいと感じてしまうようになった。確かににがりの濃さみたいなものは感じるのだが・・・。（豆腐の歴史へ） |
しかし京都の豆腐はどこか違う。「嵯峨豆腐」というブランドがつくほどにおいしい豆腐ができるわけは、まず水の質、次に大豆の種類・産地・品質、そしてにがりの質や使い方などといわれているが、他にも独特の秘法があるからだろう。
具体的な理由を箇条書きに書いて記せ、といわれてもわたしにはできない。確かに高級スーパーの店頭を覗くと100円未満のお徳用から300円を超えるまで価格に幅がある。
うーん、たまには高い豆腐を食してみようか・・・という気持ちにもなる。
＜清涼寺（嵯峨釈迦堂）＞
浄土宗の嵯峨の名刹で、梅の名所でもある。
２２０ｃｍという大きな「法然房源空24歳の像」が清涼寺仁王門の脇にそそり立つ。
「保元元年(1156)法然上人24歳、叡空上人に別れを告げて、嵯峨の清涼寺に7日参篭のことありき。求法の一事を祈請のためなりき。」
浄土宗の開基法然上人は若かりし日に釈迦如来の前で7日間のお篭りをした。
保元元年といえばこの年7月、源平それぞれ親子兄弟が敵味方に分かれて戦う保元の乱が起こった。
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後世から考えれば、保元の乱は皇室・院政の衰退と武士の台頭を顕著にした事件で、その3年後の平治の乱を経て平家隆盛の時代を迎える。 皇室内部(後白河天皇対崇徳上皇＝兄弟)も、摂関家内部(藤原忠通対藤原頼長＝兄弟)も権力争いのため二つに別れ、双方とも武士勢力を味方につけた武力闘争に発展した。 7月29日(保元元年7月11日)未明、白河殿焼き打ち。上皇方・藤原頼長は源為朝の提案した高松殿夜襲を却下したが、逆に、天皇方・藤原通憲（信西入道）は為朝の長男・源義朝（頼朝の父）の白河殿夜襲の提案を採用し、上皇方を夜襲によって退けた。 ここでは平氏も源氏も親子が分かれて戦い、その因縁は3年後の平治元年（1159)の平治の乱まで持ち越されることになった。 鎌倉幕府開府（平家滅亡）まであと36年。 |
＜奝然上人＞
もとこの地には源融（みなもとのとおる＝源氏物語の光源氏のモデルといわれている）の山荘・棲霞観（せいかかん）があったが、永延元年（987)奈良東大寺の僧であった奝然（ちょうねん）上人が、愛宕山を中国四大仏教聖地（普陀山・峨媚山・九華山・五台山）のひとつ五台山に模して、清涼寺の造築に着手した。
奝然は中途で亡くなるが、弟子の盛算が釈迦堂をもって清涼寺としたのが起源となった。
釈迦如来立像(国宝）を本尊とし、地蔵如来立像（重文）も安置されている。この釈尊像は奝然上人が中国にわたった折、かの地に伝えられる栴檀(せんだん)の香木で作られた釈迦像を、模刻して日本に持ち帰った(985年)もので、今も多くの信仰を集めている。
現在の本堂は、五代徳川綱吉、大阪商人住友(泉屋）吉左衛門らにより元禄時代に再建された。広い境内には、本堂をはじめとし、阿弥陀堂、一切経蔵、薬師寺、宝物館、弁天堂、狂言堂、聖徳太子殿などの堂迂が立ち並ぶが、気になったのは豊臣秀頼公首塚。その意味は？
また奝然上人、源融のほか、嵯峨天皇、檀林皇后（今回の訪問記で何回も登場）の菩提も弔われている。
ここまでどちらかといえば小さな、落ち着いたお寺さんを歩いてきただけに巨大な伽藍には違和感と圧迫感を覚えた。しかも巨大な寺院は、街中に近づくに従い次から次へと現れ、正直いって圧倒される思いが強かった。
＜大覚寺＞
延暦13年(794)、桓武天皇は新都平安京に遷都した。栄光と失意、成就と挫折が織りなす長い長い京の都の幕開けだ。その20年後に即位した嵯峨天皇（786-842年）は、都より離れた葛野の地をこよなく愛され、皇后との新居として嵯峨院を建立された。
（前章「天竜寺」の前身は嵯峨殿（＝亀山殿）と呼ばれたが、こちらは鎌倉時代だからずっと時代が下ってからのこと。しかし同じ嵯峨がでてくるからややこしい！）
これが現在の大覚寺の前身・嵯峨離宮。
嵯峨の地名は、唐の文化に憧れていた天皇が、唐の都・長安北方の景勝地、嵯峨山になぞらえたもの。
大覚寺の正式名称は、「旧嵯峨御所大覚寺門跡」。
貞観18年(876)、嵯峨天皇の長女・正子内親王が嵯峨院を大覚寺として開き、皇族が住職につく門跡寺院となった。
開山（初代住職）に淳和天皇皇子の恒寂入道親王を迎えた。親王は嵯峨天皇の孫であり、また弘法大師の法灯を継がれた方で、嵯峨天皇と弘法大師の親交と理想を受け継いで、新たに大覚寺を出発させた。（別記嵯峨天皇と弘法大師へ）当初の建物は延元元年（１３３６）消失したが、江戸時代に後水尾天皇の中宮・東福門院の宸殿を下賜された。
東福門院・和子も歴史上有名な人物（参照）
＜般若心経＞
大覚寺は、嵯峨天皇と弘法大師が、ともに国家の安泰と国民の幸福を祈願された意思を受け継ぎ、特にその祈願のために、嵯峨天皇みずから般若心経の写経をされたことから、現在も般若心経の根本道場として多くの人々に親しまれている。 |
わたしも般若心経の写経を続けている。
墨を磨り、筆を持つと心が引き締まる。
「摩訶般若波羅蜜多心経」（すばらしき仏の智慧の完成の神髄）で始まる２６２文字の宇宙。人が上手に生きていくための智慧がいっぱいつまっている。
写経はこの般若心経を何回も何十回も写し取る。
１回１時間ほどで写し取れるが、焦燥感が消え心の平安を得られる。
ふだん時間をもてあましている方にはお勧めである。断っておくが、わたしは格別熱心な仏教信者ということではない。
＜襖 絵＞
社殿の内部は、狩野山楽の「牡丹図」や「紅梅図」（重要文化財）などの豪華な襖絵で飾られている。玄関を上ったところに狩野永徳筆「松に山鳥」の襖が飾られていたが、これは模写だろう。狩野永徳（1543～90）は豪壮華麗な桃山時代の障壁画を確立し、信長や秀吉から重用された画家で、山楽（1559～1635）はその永徳の養子。永徳の豪快さを受け継ぐとともに装飾性を織り込み優れた障壁画を数多く描いた。
その後、狩野派は江戸（狩野探幽）と京都に分派したが、幕府に庇護されながら隆々と繁栄の時代を築いた。
＜桃山障壁画のこと＞
その技法。金箔を一面に張り、まず自然の一角を実物大に骨書き（墨）し、その上に盛胡粉、さらに彩色を施し、樹木(松）小川などには白群などの高価な岩絵具をふんだんに使い、豪華な金碧濃彩画に仕立て上げた。 そこには武士階級の嗜好にあわせ松を中心とする巨大な樹木、華麗な草花などが取り上げられ、鶴･亀･孔雀･鳳凰など吉祥を示す禽鳥類、竜虎などが多用された。 現代では彼らの絵のほとんどが国宝や重要文化財となっている。 |
独特な宮廷文化の世界である。この夜、先斗町で食事をしたのだが、隣に座った方の名刺に「××金属箔粉工業株式会社専務取締役」とあった。
「どういったご商売で？」の問いに、「金箔を商売にしておりますのや。」とおっしゃった。
こういう商売があるのかと新鮮だったが、そうかこういった人たちと結びついているのかと、合点した。まさしく京都ならではのご商売である。
＜大沢の池＞
回廊を奥に進んだ。木造入母屋造り桧皮葺（ひわだぶき）の宸殿の庭は白砂で満たされ、古式にのっとり右近の橘、左近の梅が配されている。
どこかで見たような光景にぶつかった。
中学校の修学旅行だったろうか？あるいは、と考えたが定かに思い出せない。
そこには中国の洞庭湖を模して造営した「大沢の池」が静かにたたずんでいた。思考は平安貴族の優雅な世界で遊び始める。
湖面に舟を浮かべ春は桜を、秋には紅葉を愛で、杯を交わし歌を詠む。月を眺めては恋を語らう。付け文を渡し、深夜の情事もあったに違いない。おっと、これは不謹慎な想像で、語るに落ちた。
現代においても、遠くの東山連峰、正面の大文字を借景に見る仲秋の明月は一見の価値あり。
池には天神島と菊ケ島の二つの島と庭湖石が置かれている。この二島一石の配置が嵯峨流いけばなの基本となっている。
晩年京滋の滞在が長かった芭蕉翁は、「明月や 池をめぐりて 夜もすがら」と詠んだ。
夜もすがら何をするというのだろう、芭蕉さん！
「げに楽しけれ！」とぞのたまいけれ。
＜続く＞ 「仁和寺」へ
△ 正月の京都を行く｜△ 京都･桜花爛漫｜△ 秋の洛北・大原散歩
清涼寺（嵯峨釈迦堂） |
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■ところ：京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46 |
大覚寺 |
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■ところ：京都市右京区嵯峨大沢町4 |
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