常寂光寺から落柿舎へ
＜人力車＞
大河内山荘でお抹茶をいただいて山を下ると、右下に木立の隙間からトロッコ列車の嵐山駅が見下ろせた。ここからレトロなトロッコ列車に乗って保津川の渓谷美を楽しむのもいいが、それは春・夏・秋の風物詩。左手・小倉池の対岸にある御髪（おはつ）神社をやり過ごし、北に向かったが、これはその名のとおり髪結職の始祖と言われる藤原釆女亮政之公（藤原鎌足の子孫）を祀った神社。
小倉池周辺の山里の景観を眺めながらのんびりと歩いていると、ひんぱんに人力車と出会う。渡月橋から祇王寺にいたる嵯峨一帯は人力車の縄張りといえるほど、印半纏の車夫の姿が多い。
たしかに散策する小径に車の排気ガスは無粋である。1台だけ傍若無人にわが道を走る「なにわナンバー」がいたが、旅人の顰蹙をかっていた。
嵯峨の田舎には人力車がよく似合う。
＜常寂光寺と日禛上人＞
すぐに日蓮宗「常寂光寺」の山門に出た。まぎれもない紅葉の名刹。開山は日蓮宗大本山・本圀寺16世の究竟院・日禛（くきょういん・にっしん）上人（1561～1617）。宗学と歌道への造詣が深く、三好吉房（秀吉の姐婿）、小早川秀秋、加藤清正など秀吉ゆかりの武将たちが帰依していた。
文禄4年（1595年）秀吉建立の方広寺大仏殿供養に、宗制を守って出仕に応ぜず、この小倉山麓に隠棲した。翌慶長元年（1596年）、隠棲した庵を寺に改めた。
この地を隠居所として提供したのが角倉栄可と角倉了以（大悲閣の項参照）の二人。
日禛上人はその後、角倉了以の保津川浚削工事に、檀家の瀬戸内水軍の協力を要請したり、なにくれとなく事業を支援した。
元和3年、上人、57歳にてこの地で遷化。
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＜仁王門＞
常寂光寺は小倉山の中腹にあって、静寂な寺の佇まいが天台四土の一つ常寂光土を思わせるところから、寺名となった。茅葺きの仁王門はもともと本圀寺客殿・南門であったものを移築。
仁王像は若狭小浜の長源寺から移転したもので運慶作と伝えられる。
その仁王門を抜けると50段ほどの急な石段が待っていた。朝から歩きとおしで、そろそろ昼食の時間と思っていた矢先の石段は足にきつかった。
上りきったところは小倉山の中腹にあたり見晴がぱっと開ける。
本堂・多宝塔を回り、さらに上へと足を延ばす。
（行けるところまで行って、さあ、どんな景色が待っているのだ！）の心意気である。
＜絶景かな京都＞
さておもむろにふり返ってみると、やはり絶景であった。隣の大河内山荘より高みにあるのか、はるか彼方まで悠々と見渡すことができた。
（多宝塔の向こうに京都の町がすっぽりと収まり、左から比叡山・衣笠山・仁和寺五重塔・双が丘・大文字山・東山から山科まで、パノラマが広がっていた。）
最奥に藤原定家を祀った「歌仙祠（かせんし）」が立っていたが、その命名は明治23年の定家650年祭に、富岡鉄斎翁がつけたという。
下山は左側の緩やかな傾斜山道を利用して、ゆっくりと下りる。
この寺院は女寺ともいわれ、太平洋戦争で結婚できなかった女性の苦労を歌った石碑が建っていた。
「女 一人生き ここに 平和を 願う」 （市川房江）
＜藤原定家＞
もう一つ話題。嵯峨には「時雨亭（しぐれてい）」が3箇所あるといわれている。
激動の平安末期から鎌倉の草創期を生きたにしては少しふざけているのではと思う気持ちはあるものの事実は事実。
その山荘が「時雨亭」で、時雨亭跡といわれる場所は常寂光寺のほかに厭離庵（臨済宗の尼寺）と二尊院の3箇所にあって、それぞれ「うちのが時雨亭」と自己主張を繰り返している。
そんなことに旅人は関心をもたないが、当事者たちにとればこれは大きな問題で、否定されれば観光収入が即減ってしまう。まさに死活問題。
常寂光寺の主張は「明治以来、国文学者の主張は出揃い、定家の造営した小倉山荘は常寂光寺・仁王門北にあった。したがって他の2箇所は彼の息子が住んだ跡である」となり、「それは定家の日記・明月記に依拠する。」というもの。ただし近年、定家の子孫である冷泉家から多量の文書が出てきたということから、さらなる研究が進むものと思われるのだが・・・・・地下の定家公はいかにお思いのことやら・・・。
藤原定家の句 小倉山 しぐるゝころの 朝な朝な 昨日はうすき 四方のもみぢ葉 吹きはらふ もみぢの上の 霧はれて 嶺たしかなる 嵐山かな |
＜落柿舎＞
山を下りてさらに北に向かおうとすると、偶然、民家の軒先に渋柿が吊り下がっているのを見つけた。（この辺りではどの家でもこうやってつるすのだろうか？）と思いながら、偶然とは思えない抜群の風流にわたしは驚いてしまった。しかしこれはこの家主のオツな遊びではなかろうかと、考え直した。
かつて、先祖は去来の弟子であったに違いない。「酒脱」ということばがぴたりと当てはまった。
すぐ先に「落柿舎」はあった。
鄙びた茅葺屋根の落柿舎は芭蕉十哲の一人・向井去来（1651～1704）が晩年を過ごした閑居跡で、芭蕉も生前３度も足を運んだという。48歳の春、一月ほど滞在しているがその時の文章が「嵯峨日記」である。
「人来たらず 終日閑を得たり」
「独り住むほど おもしろきはなし」
庭の隅に芭蕉の詠んだ句碑が建っている。
柿ぬしや 木ずゑは近き あらし山
旅の楽しみは地元の人との接触にある。 若い人力車夫クンに声をかけたら面白い話が聞けた。 落柿舎前の土地は広大な畑。ところがここは現在生産緑地に指定されているから、建物が建てられない。 「たぶん、この先10年から20年はこの光景は変わらないでしょう。」とうれしいことばを言い放った。 土地の所有者は処分することもできなくてたいへんだと思うが、観光都市京都の人気スポットであるからには、ずっとずっと先まで、去来が生活していた当時の臭いをそのままに残しておいて欲しい。 とにかく鄙びた景観と柿の実が抜群にあっているのである。 |
落柿舎命名の由来・・・・・
「ある秋、去来が商人に庭の柿の木にたわわになる実を売る約束をしたが、その夜のうちに嵐ですべて落ちてしまい契約はキャンセルとなった。その後、庵を「落柿舎」と呼ぶようになったという。」
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生家は長崎で、かれは儒医・天文学者の次男として生まれた。 25歳の時、父と共に上京し、儒医・天台を学ぶことになったが、京の五条坂の遊女「可南」と世帯を共にするようになってからは、専ら俳諧に深入りし、嵯峨野の魅力にひかれて、別宅として落柿舎を買い入れたといわれる。その去来の代表句。
何事ぞ 花見る人の 長刀（ながかたな）
＜昼 食＞
歩きつかれてやっと昼食ということになった。この辺りまで北上（京都の場合、御所を基点に計算するから北下が適当かもしれないが）すると、適当な食事処が見つからない。
しかしこれは調べておいた。
「こみち」という店。
その昔、秋篠宮紀子さまがお忍びで見えたときに「ぜんざい」を食されたという。
なんの変哲もない店だから、「なんでこの店に寄ったのだろうか？」「きっと、あれだよ・・・・」と、内緒の会話を交わしたのだが、わたしたちはニシン蕎麦を食した後、その「ぜんざい」なるものを頼み、半分に分けていただいた。
なかなかにおいしかった。
後で気がついたのだが、何軒か続くこの辺りの店はみんな「ぜんざい」の看板を掲げている。
祇王寺や常寂光寺に近く、女性客が多いからだろうかと、ふと思った。
＜続く＞ 「祇王寺」へ
△ 正月の京都を行く｜△ 京都･桜花爛漫｜△ 秋の洛北・大原散歩
常寂光寺 |
■ところ 京都府京都市右京区嵯峨小倉山小倉町3 ■交通 京福電気鉄道嵐山駅→徒歩20分。またはJR京都駅→市バス28系統で24分、バス停：嵯峨小学校前下車、徒歩15分 ■開園 9～17時 ■入園料 拝観300円 ■問い合わせ 電話075-861-0435 （2004年正月現在） |
落柿舎 |
■ところ 京都府京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町■交 通 京福電気鉄道嵐山駅→徒歩20分。またはJR京都駅→市バス28系統で26分、バス停：嵯峨釈迦堂前下車、徒歩5分 ■開 園 9～17時（1・2月は10～16時） ■入園料 拝観150円 ■問い合わせ 電話075-881-1953 （2004年正月現在） |
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