大河内山荘


<竹林の小径>

竹林の小道

 天竜寺の広大な庭園を北側に抜けると、左右はうっそうとした孟宗竹の林が登り坂になって北嵯峨へと導く。この300メートルばかりの美しい小道は時おりテレビの画面でも映し出される。コマーシャルやドラマの一シーンとして。
京都には見栄えのする竹林が多いが、やはりこの小道が秀逸だろうか?凡人の発想は(シーズンのタケノコ狩りはすごいだろうな!)と低く流れる。
大河内山荘
 その竹林の出口から大河内山荘の柴門が見えた。

 「大河内山荘」は小倉山の南面2万平米の斜面に、時代劇の名優大河内伝次郎がこつこつと丹精を込めて造り上げた庭園。

 34歳の昭和6年から、昭和36年64歳で世を去るまで30年の長きにわたり、心血を注いで造園に精を出した。単純に銀幕の英雄の別荘というにはあまりにも凄すぎる。説明書きに「伝次郎の生命を凝縮した創作であり、命を掛けた創造の場」と掲載されているが、驚くべき魂の庭園であった。



<大乗閣>

 高さを押さえた松の植樹の向こうに主屋の大乗閣が姿を現した。

母屋・大乗閣

 かつて、桜の春か紅葉の秋かさだかに記憶をしていないが、テレビ放映でこの大乗閣やそこからの眺望を拝見したことがある。そのときも「さすが名優の別荘!」と驚いたが、テレビからの映像はしょせん虚構であり、限界がある。

 百聞は一見にしかず。この旅一番ともいえる絶景の感動を得ることができた。

京を一望、最奥は比叡山

 まず第一に眺望がいい。嵐山を背景に、最奥に比叡山を、そして手前に向かって大文字、双ケ丘(ならびがおか)と東山36峰が横たわり、古都京都が箱庭の中に納まっている。

飛び石の道

 建物といえば、寝殿造、書院造、数寄屋造を混交した大乗閣は、軒先に寺院でよく見られる宝鐸(ホウチャク)を吊り下げ、白い障子と桧皮葺の屋根が洗練された精神世界を強調している。

 「大乗」のことばは仏教の「大きな船に乗って祈れば皆が救われる」からとっているかと思うが、伝次郎さんの信仰心の篤さを物語っている。

<持仏堂>

お茶席

 玉砂利の敷石道を奥に向かって歩いてみた。自然の傾斜と嵐山を借景にした回遊式庭園は思いがけず広い。

 松に白砂の庭に「静雲亭」がたたずんでいて、その緋毛氈の上でお抹茶をいただいた。

茶室・滴水庵への石畳

 一方、茶室「滴水庵」は苔(こけ)の緑に心が潤う草庵の庭だ。

座禅と瞑想の空間・持仏堂 奥には山荘づくりの第一歩となった「持仏堂」が小粒ながらも風格を見せる。信仰あつい傳次郎はここでの座禅を欠かさなかったという。

 かれは関東大震災を経験しており、その際亡くなられた幾多の友人知人を思い、心から瞑想したのではなかろうか。そんな伝次郎さんだからこそ、丹精込めた庭園ができ上がったのでは、と思う。
 鍬や鋤をもって山の斜面を開墾する姿が目に浮かぶが、その心は仏の心に近かったのではなかろうか。


<大悲閣>

裏側の景観・保津川の中腹に何が見えた?

 山の上から裏側をのぞいてみると、保津川の清流を眼下に見下ろすことができた。
 中腹にはなんと、角倉了以で有名な大悲閣・千光寺(禅寺・黄檗宗)の塔堂が見えた。わたしの頭はぐるぐると回ったが、そこに出てきた地図は、保津川を挟んだ大悲閣と大河内山荘の思いがけない距離の近さを明確に描いていた。
 さらに・・・・・「大乗閣」の名も「大悲閣」との比較の上に命名されたのではなかろうか・・・・・と想像力は跳んだ。

 そしてわれに返るとそこは、絶景かな、絶景かな!!
 冬とは思えない山の緑の濃さと谷の深さに、思わず驚嘆の声が上った。予期せぬ感動。

 保津川の岩を砕いて上流との水運を開いた京都人・角倉了以はこの佳景の地に静かに眠り、木像となって峡谷を睥睨している。


<大河内傳次郎>

 「シェイ(姓)は丹下、名はシャジェン(左膳)」、この名文句で一世を風靡した大スターは、明治31年(1898)、福岡県岩屋村(現在の豊前市)大河内に誕生した。
 芸名の大河内は生まれ故郷の大河内村からとっている。
 高等科卒業後大阪に住む2兄、弘の元に行き、大阪商業学校(現大阪商業高校)に入学。卒業後「明治屋」に就職。

 新国劇の沢田正二郎にあこがれ、大正13年、堺市の民衆劇学校に入る。関西巡業のとき、沢田の指導を受け、その縁で芸能界へ。
丹下作善 大正15年(1926)、「日活」に入社し、芸名を「大河内傳次郎」と自分で名乗り、サイレント(無声)全盛時代の波に乗りスターへの道を歩み始めた。
 昭和22年「新東宝」に、また昭和24年(1949)「大映」に移籍するが、なんといっても名優の名を知らしめたのは「丹下左膳」。

 昭和3年2月号「中央公論」の中で、大河内を初めて見た室生犀星は「静かな陋居(ろうきょ)に帰ってからも、彼の形相が記憶力の減退と空想の衰弱した頭に百年の悪魔のごとくに絡はり残って、安らかな夢さえ結べなかった。」と書いている。

<続く> 「常寂光寺から落柿舎(ラクシシャ)」へ

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大河内山荘

■ところ  京都市右京区嵯峨小倉山
■交 通 京福電鉄嵐山駅から徒歩約20分
■開 園 9:00〜17:00 年中無休
■入園料 一般1000円(菓子、抹茶付き)
■問い合わせ 電話075(872)2233
(2004年正月現在)

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