大雪山は「北海道の屋根」、「父なる山」などといわれているが、もともとアイヌ語では発音しにくい「ヌタプカムウシュペ」と呼ばれ、それは「川がめぐる上の山」という意味のようだ。
単独の山ではなく、いくつかの2000m級の山が丸く肩を組んで連峰をなしているが、そのグループを総称して大雪山と呼ぶ。その最高峰が2290mと北海道で一番高い旭岳。そして2244mの北鎮(ほくちん)岳、2230mの白雲(はくうん)岳、2197mの比布岳(ピップエレキバンドのピップ)、2149mの北海岳、2125mの凌雲岳(りょううん)、2078mの赤岳、1984mの黒岳が車座になって居並ぶ。そこから小さな沢がたくさん流れ出し、それらのほとんどはいくつかのルートに整理されながらやがて石狩川に収斂されていく。
秋から冬にかけておそらく日本で一番早く紅葉を迎え、初冠雪も他に追随を許さないのではないだろうか?
旭川から大雪山系にはいるには二通りの道筋がある。
ひとつは、いまやまったく一般的に名の通った層雲峡からはいるルートで、こちらは北から回り込む。昔は登山バスが銀泉台まで運び、その終点からお花畑までハイキングというのが相場であったようだが、いまやバスの代わりにロープウェイが威力を発揮する。登山者はそこから黒岳を目指して歩き出す。
そしてもうひとつは旭川市の中心部からまっすぐ東南東、東神楽町をかすめて東進し、「旭岳温泉」から入山するルートである。このカントリーロードは途中「天人峡」と道を分けるが、どちらも美瑛・富良野観光と抱き合わせて訪問すると効率がよい。
東川町湧駒別は昔「湧駒別(ゆこまんべつ)温泉」といっていたが、今はわかりやすい「旭岳温泉」に統一された。深田久弥氏は日本百名山の中で「大雪山」を次のように語っている。
「湧駒別からの上り始めの、深々した針葉樹林には誰しも目を見張る。その樹林の上にスックと聳え立つ旭岳は、この上なく美しく気高い。北海道の最高地点たるに恥じない。その林の中を歩いて、天女ケ原という気持ちのいい湿地を過ぎると、勾配の急な坂道になり、やがて樹林帯を抜けて姿見の池へ出る。旭岳のすぐ下にある美しい池で、正面の大爆裂火口は荒々しい岸壁となり、そこから流れ出た地獄谷には諸所に噴煙が上がっている。」
当時はもちろんロープウェイなどは存在しなかった。
「それから先、爆裂火口の南縁をなす稜線を頂上目指して一途の急坂になる。おまけに足元ががらがらの噴出物の砂礫だから歩きにくい。幾度も立ち止まって息を入れながら登るにつれて、雄大な景色が展けてくる。忠別川を距てて向こうに伸び伸びと拡がった高根ケ原、まるで山上の大グラウンドのようである。見おろすと、樹林で覆われた広い平、その縁の間に、小さな沼が幾つも光っている。内地の山に比べて途方もなくスケールの大きいことを、ここに来てはじめて登山者は感得する。・・・」
現在旭岳温泉からはロープウェイがかけられており、1600mの「姿見駅」までは革靴を履いたままでも運んでくれる。そこから深田氏が賞賛した「姿見の池」は周遊ルートになっていて、1.7kmを約1時間で散策できる。夏の初めにはキバナシャクナゲ(黄花石楠花)が群落し、チングルマやツガザクラが咲き乱れまさに天上の花園を現出する。そんな高山植物の宝庫へ苦労もせずに登ってしまうことがすばらしいが、それだけに登山者は自然保護に細心の注意を払う必要がある。(ハイキングガイドへ)
95年10月12日(写真はすべてこの日のもの)、仕事帰りのわたしは、寄り道の背広姿でこのロープウェイの乗り口に立っていた。本来の目的である大雪山の紅葉に1ヶ月も遅れてしまったことはわかっていたが、雲ひとつない晴天に恵まれ、山上からの景観を楽しみにしていた。しかし山はそれどころではなく、すでに冠雪しているという。運賃も安くはなく、どうしようかと迷ったが、意を決して登ることにした。すると登り口の売店で「どうぞ、これを履いて!」と、なんと長靴を貸してくれた。背広にゴム長靴姿の変てこなサラリーマン風が、秋の午後の日差しを受けながらロープウェイで登っていく。
途中逆光の中に「トムラウシ(大雪を除いたら北海道第二の高峰=2141m)」や十勝連峰の山々がかすんで見える。眼下の山はまだら模様、というより「あばた模様」に自然の雪化粧を施し、決して美しいとはいえない。自然でも人間でも、端境期というのはきれいではない。
高所を遊泳したゴンドラは瞬く間に終点に到着した。そこはまったくの白銀の世界で、おまけに陽光が眩しくて目を開けていられない。長靴だから「行けるところまで歩いてみよう!」と雪の中に一歩を踏み出し、しばらく木道を歩いて展望台に立った。北海道最高峰「旭岳」が西日を浴びて輝いて見える。山容は悠揚迫らざるというおおらかさで、なだらかな稜線が左右に長く伸び、険しさというものを感じさせない。今すぐにでも登っていけると思わせたのだが・・・。
7月の花の季節に姿見の池周辺には40種類の高山植物が咲くという。いつかその季節にもう一度登ってみたい・・・。
96年秋紅葉の季節、弥次さんとの二人旅で再び「旭岳温泉」にやってきた。
一軒のログハウスの駐車場に止めると裏でまきを割っていた親父さんが店に戻ってきた。小腹が空いていたのでラーメンの暖簾に引き寄せられて入ったのだが、この店の情報はすでに札幌で仕入れていた。
「ロッジ・ヌタプカウシペ」という。前述のように「ヌタプカウシペ」は大雪山のアイヌ語表現だが、すでにこのロッジの「キトビロラーメン」は有名になっていた。キトビロ(ヒトビロともいう)とは「行者にんにく」のこと。深山で修行する山岳信仰の行者たちが、荒行に耐える強壮薬として、強いニンニク臭のあるこの草を食べたことから「行者にんにく」の名がつけらた。都心で食する機会は少なく、わたしにとっても初体験だが、行者にんにくがこんなにおいしいものだとは思わなかった。
そのときビールを飲んだのか覚えていないが、話が盛り上がって長話になった。オーナーはなんでも自分で作ってしまう方で、この年「苦労して自前の露天風呂を完成させた!」という。石組みなどたいへんだったろうと推測したが、まだ浴槽は一つしかなく当時は混浴だった。さて現在はどうだろうか?
とにかく、行者にんにくにしても山菜にしても自分で周辺の山から採ってくるし、すべてがナチュラルである。こんな生活はうらやましくて仕方ない。
「ロッジの宿泊は、学生さんたちの合宿で夏と冬(スキー)の間はすべて貸切で、ほとんど空いていない。」
「今度はぜひ泊まってみたいなあ。」と所望すると、「シーズンを選んでもらったら大丈夫です。」とOKの太鼓判をもらった。
夏の旭岳
さて、地図を開いて旭岳温泉を確認すると、思いのほかすぐ近くに「天人峡」がある。旭川方面からの車では途中で二又に分かれてしまうので、まさかこんなに近くにあるとは想像できなかったが、直線距離で4kmほど。山中を分け入っても2時間ほどで行き着けるようだ。次回はその天人峡について書いてみたい。
大雪山国立公園は北海道のほぼ中央部に位置し、総面積約23万haと神奈川県に匹敵するほどの広さがあり、日本最大の原始の姿を今なお残す山岳国立公園。主峰旭岳(2,290m)を中心に2,000mを越える山々が連なる大雪山は、緯度が北であるため本州の3,000m級の山岳に劣らない高山環境を
形成している。生息する動物も多く、高山植物は約二百数十種が確認され厳しい自然環境の中で力強く生き抜いている。その中には氷河期から生息するナキウサギの姿も見られるなど、大雪山の神秘はまだまだべールを覆ったまま神秘に閉ざされている。
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