然別湖からナキウサギの生息で有名な「ヌプカウシヌプリ」東・西峰の間を抜け、「扇ケ原展望台」で一休みした。士幌・音更(オトフケ)・池田・帯広など、もっとも北海道らしい十勝の雄大な大地が一望の下に眺望できる。
扇ケ原展望台の看板に「大雪山国立公園」と書いてあるように、ここは北海道の屋根「大雪山」からなだらかに南へ下る終点の部分にあたる。
その南の端、ウペペサンケ山の山懐に抱かれた秘境「かんの温泉」に一泊した。夕暮れ時、樹海にむせぶ林道を9キロほど登る。然別川沿いの林はうっそうと茂る原生林である。
扇ケ原では夕刻ながら明るさは十分にあったのだが、ここにくるまでにいつの間にか日は落ち、夏の暗闇が樹海に迫っていた。林道は未舗装のガタガタ道なのでスピード豊かにというわけにはいかない。しかも砂塵を舞い上げて走る。
いきなり動物に襲われた。
と思ったが、行く手に黒い影がたむろしているのだ。暗闇に二つの目が無気味に光る。その目の数が5つ、6つ、7つ、8つと数えられる。狼?と一瞬考えたが狼にしては背が高い。
その正体はエゾシカだった。車のライトに誘われたのか、エゾシカが暗い道にいきなり飛び出してきたのだ。そういえば日本海「オロロンライン」では時速100kで走る夜の車に体当たりして大事故になるという話を聞いた。車がひとたまりもないという。
事故にならなくてよかったが、これも北海道ならではの体験。
「かんの温泉」は明治の頃までアイヌが利用していたものを、菅野家の先祖がきちんとした温泉宿に仕立てあげた。かつては人間と鹿の共同入浴という光景も見られたという。
然別湖とは山ひとつ隔てた峡谷の閑静な温泉で、息子君の高校の先輩・嵐山光三郎氏も著書でこの温泉を克明に紹介している。
敷地内に車を置いたが、第一印象は昔の工場か工事現場といった古臭いイメージ。だだっ広い敷地だが、どこが玄関なのかよくわからない。もともと長期逗留する人のための湯治場で、たぶん宿舎を徐々に付け足して行ったからだろう。
したがって内部も迷路に近い造りで、学校の廊下のような通路を伝わりながら部屋にたどり着いた。
建物は古いが一人旅のわたしには違和感がない。
贅沢人をつれてくると文句が出る。だから一人旅がいい。ゆっくり自分のペースで雰囲気を感じ取り、好きな時間に湯に浸かれるからいい。
温泉は折り紙つきの名湯。
泉質の異なる7種類もの温泉が自噴している。それぞれ効能がちがい、むかしから「かんのの湯で治らぬ病気はない」といわれ、湯治客に喜ばれてきた。
食事前にまず湯につかって汗を流したい。
階段を下りた最奥の大浴場にはいることにした。先客が数人いる。みな男性客だ。そこに男女の二人連れが入ってきた。ここでは極当たり前に、そのような光景が展開されるらしい。
目を閉じて手足を伸ばす。
じんわりと温泉の成分が体内に浸透してくる。
一日のうち一番リラックスできる時間だ。そのうちに額に汗がにじんでくる。大きく背伸びをして洗い場に・・・。
大浴場の奥は小高くなっていて、湯の華が結晶になって微妙な模様を描いているが、その前の小さな湯壷で、件の二人がひっそりと温まっている。
人里離れた秘湯なればこそ・・・・・。
夕食でお酒を二本いただいてすっかり気持ちよくなって床に就いた。
窓の外が露天風呂になっていて、女性客の話し声が聞こえたが、それも子守唄になっていつの間にかぐっすりと寝入ってしまった。
翌朝、朝風呂につかり大広間の朝食の席につき、席の数を数えたら48名。アルバイトの女性に「今日のお客さんはこれだけですか」と尋ねたら「いえ、40人ほどの団体さんが今朝4時ごろ、山登りに出かけていますので・・・」という返事。
夏も盛りを過ぎた季節だが、登山客はその夏の名残を楽しもうということなのでしょう。それにしてもみなさんお元気だ。
わたしも周囲を散歩してみた。
川が流れていた。ユーヤンベツ川といい、「湯の湧き出る川」を意味する。その川のほとりに「しかの湯」と書かれた仕切りがあった。まったくオープンな温泉だ。
昔はいたるところで温泉も、金もダイヤモンドも露出していたのではなかろうかと思わせる?(そんなことはない!)そんなロマンの雰囲気を持つ川がユーヤンベツ。
さて結論。設備は老朽化しているが、泉質は抜群、雰囲気も鄙びていていい、秘湯度も二重丸、是非にと推薦したくなる温泉でした。
いずれにしろ現代の雑踏から逃れるには絶好の場所、贅沢かもしれないが、できれば4-5日間逗留してもいいなと好印象をもって「かんの」を後にしました。
<続く> (2004.5.23記)
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