31章 朝日温泉

<雷電温泉>


雷電の荒波
 日本海に面した岩内町の南端、ニセコ山塊の尾根が急傾斜して日本海に落ち込む辺りに「雷電温泉」はある。義経北方伝説がこの地にもあって、もっともらしく「弁慶の刀掛岩」などという名称をうたっているし、南に位置する寿都町には弁慶岬もある。


 地理的には、現在「本州最北端」をうたい文句に、盛んにマスコミに露出している青森県の「不老不死温泉」よりずっと緯度は高いわけで、したがってこちらも日本海に落ちる夕陽が望めるという意味では前述の「不老不死」よりはるかに観光的価値は高いと思うのである。

 しかしながら札幌からのアクセスも悪く一般の観光客が訪れることは少ない。そのマイナーさゆえに静寂がはびこり、「私だけが知っている」という満足感をもって、のんびりと温泉浴を楽しむことができる。

<秘 湯>

 そして、雷電温泉の山のなかにさらなる秘湯があった。

 弥次さんの推薦でこの日はその秘湯「朝日温泉」に分け入った。
 小樽から余市、仁木という「ニッカの故郷」の市街地を抜けると日本海に出た。追分ソーランラインの愛称をもつ岩内の海岸道路229号線を南に向かってしばらく走ると左手の小高い丘に「雷電温泉」の看板が見えた。

 雷電海岸から山道に入る。
 デコボコのラフロードを右に左にカーブを切り、長い道のりを上り詰める。長いと感じたが、実際の距離はわずか45キロであった。熊笹が両側から覆いかぶさり道を塞ぐ。狭い道がさらに狭くなり車のすれ違いも容易ではない・・・といっても、対抗車が頻繁にくるわけではないが。そんな悪路を30分ほど走った先のくぼ地に朝日温泉はあった。

 駐車場に小型のマーチと軽乗用車が止まっているからには、先客がいるようだ。

<露天風呂>

 古びた木造建物の玄関をあけ老齢のご主人に案内を請い、入浴料を払う。教えられたとおり宿の裏側に回り、しばし歩をすすめると露天風呂のけはいがみえた。

 軽やかに流れる渓流に木の橋がかけられている。その向こうに5mはあろうかという大岩がそそり立っている。その岩の下に目的の露天風呂があった。

 山を背景に、渓流に沿った岩中から湧き出る源泉がそのまま露天風呂になっている。7−8人も入れば肩と肩とが触れ合うほどの大きさで、なんと、ただいま満員御礼中。

 先客はみなさん若い。左側に女性の二人組、真ん中のやや奥まったところに男女のペア、右の岩壁の学生らしい男性二人はなぜか縮こまっているように見えた。

 脱衣所があるわけではなく、岩場の影で着替えるしかない。
 「入ってもいいですか?」と伯父さん二人は恐る恐る尋ねたのだが、若い人たちは気軽に「どうぞ、どうぞ」と笑顔ですすめてくれた。身体を接するばかりの狭い岩風呂に割り込んで8人が入ることになった。青天井の開放感のなかで会話は弾んだ。

 日ごろから最近の若い女性は力強いと感じているが、二人組みの女性たちは道内あちこちの混浴温泉を探訪している様子で、溌剌とした言葉の端はしにそのことが読み取れた。
 かたや男女のペアは男性が優しくガードしている。ほほえましく感じたものの、恋人と二人で混浴に入るというのもずいぶん勇気がいると思うのだが・・・?

 もちろんまっ昼間のことゆえ、女性たちは大きなタオルを身体にまいていた。

<仲良く混浴>

朝日温泉露天風呂 湯は白濁し、常にぶくぶくと気泡が沸きあがっている。硫化水素石膏泉というらしいが、肌触りが気持ちいい。小鳥の鳴き声や木々のざわめき、清流を流れるせせらぎの音など、周囲の環境と合わせてナチュラルな野趣に富み、秘湯ファンにはたまらない。

 弥次さんが写真を撮ろうとカメラを取りに湯から出た。

 「ついでにわたしたちも撮ってもらえませんかー。」の若い問いかけに「もちろんいいですよ!」と答えてしゃがみこんだ弥次さんのタオルの下から男のものが丸見え。「見えていますよ。」の声も大自然のなかでは聞こえないふり。女性たちは軽く嬌声を上げた。そんな演出も許される?

 さて、お互いにテレがあってなかなか上がることができない。ほどよい湯加減も手伝い、実際に天国・極楽を感じていたのだから、もっとのんびりつかっていたいという気持ちもある。

 どちらが先に出るのかの我慢比べ。
 女性二人が先に出た。みんなの視線が・・・。

<自家発電>

 朝日温泉の創業は江戸時代の末期で、ニシン漁が盛んな昔はそれなりに繁栄の時代もあった。水上勉の小説「飢餓海峡」にも登場する。
 しかし、北海道電力の泊(とまり)原子力発電所がすぐ近くにあるにもかかわらず、電気が来ていない。自家発電では容量におのずから制約があり、厳しい寒さを乗越えるだけの暖房設備を用意できない。積雪もあり、したがって冬の間は閉鎖される。山間僻地の悲しさである。

 納得のいく真の秘湯であった。

<続く> (1994.3.13)

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