29章 幌加温泉
 ー傷心のたびー

「土砂降りの幌加の湯」 
96年8月22日


<父の死>

 数年の闘病生活の末、父は亡くなった。
 生老病死は人間の宿命だが、そこはかとなく心の中に寂寥感が漂う。
 人と生まれたからには誰もが味わう、永遠の別れ・・・・・

 父の葬儀を終え、お盆の旅行客も仕事に戻り、北海道に静けさが戻ってきた。何となく寂しい気持ちを紛らわすために一人で旅に出た。

 早朝札幌を出て旭川に向かった。駅前の百貨店に顔を出し、旭川を出発したのが午後2時。

 そこから車を東に向けた。紅葉の名所・層雲峡でしばらく休み、雄大な流星(男滝)・銀河(女滝)の滝と対面した。90mを一気に豪快に落ちる男滝に対し女滝はきらきらと銀の糸を引くように優雅に流れ落ちる。男と女のコントラストがおもしろい。
 大函は柱状節理の断崖が天に向かってそびえ渓谷美を堪能できる。ゆっくりしたかったが時間がない。

大雪湖 いつの間にか細かな雨が降り始めていた。

 大雪湖
で北見へ通じる大雪国道に別れを告げ、右手の上川国道に道をとった。帯広にいたる山道である。
 しばらく進むと七曲の峠・三国峠に出た。紅葉の名所であるが、残念ながら初秋の小雨交じりの峠は何一つ見えず、閑散としていた。

<秘湯というしかない>

 夕暮れも近い雨の中、幌加(ホロカ)温泉という山中の古い湯治場にかけ込んで、宿を求めた。
 三国峠から
糠平湖に向かって20`も走っただろうか、原生林の林道に標識があり、右折してさらに数キロ走ると木造2階建ての建物が現れた。
 玄関で声をかけて待つことしばし、(誰もいないのかと思ったが、あらかじめ電話で確認していた)老主人が右手の調理場から出てきて応対してくれたが、口数も少なく不気味な印象すら受けた。

 閑散期のせいか、建物全体に人の気配がない。
 8月なのに、雨のためか身体は冷え切っている。とりあえず温泉で温まりたかったので、食事の前に温泉を所望した。


<湯の華>

 評判の温泉である。
 自然の湯華の結晶が洗い場にかたまり、足元が波打っている。じっくりと首まで浸かって、背伸びをする。ドライブの疲れが首の辺りに溜まっていて、首を回すとゴリゴリと骨のきしむ音が聞こえる。これで身体は温まった。

 しかし本当に誰もいないようだ。あいかわらず雨は音を立てて大地を打っている。この憂鬱な寒い雨は涙雨なのかもしれない。

 晴れていれば2013mのニペソツ山の雄姿も拝めただろうし、近くを流れるユウンナイ川に沿って朝の散歩もできたはずである。何よりも星を見ながらの露天風呂も楽しむことができた。ここは山あり川あり、澄んだ蒼天ありの場所。そんな楽しみは涙雨のためにみんな反故に!


<夜>

 夕食は一人さびしく食堂のテーブルでいただいた。
 山の魚と山菜は精進落としの料理としては最適であったのかもしれない。

ホロカ温泉旅館 ギシギシと音を立てる木造二階建ての宿は、古の小学校校舎を思い出させる。一人客のわたしは、夕飯もそそくさといただき、早めに蒲団に入った。

 夜中に、階下からの掛時計の音が聞こえた。ボーンボーンと、2回鳴るのを夢うつつの中に覚えていて(お化けが出て来ても不思議ではない)と、かすかな身震いを感じながら深い眠りに落ちた。

 夜は明けたが、夜来の雨は、音を立てて白樺の原生林をたたき、一直線に伸びる林道は雨に煙っている。糠平湖西岸も煙雨の中にあり、湖面すら確認することもできない。


 やがて然別湖へのトンネルをくぐった。
湖畔に車を止めて、車の中で家族に絵葉書をしたためた。書きたい気分があった。

 午前8時を過ぎたところで、観光バスが動き始めた。これから帯広に向かい、さらに釧路まで足を延ばす予定。

<続く>

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