23章 アポイ岳


<95年6月3日アポイ岳に登る>

 早朝6時に中島公園の家を出発、弥次さんと日高の車旅に出た。

 北海道の6月の朝は早い。もっとも日が長い季節の到来で、積極的にその恩恵を享受しないのは北海道の大自然に対する冒涜である、などと勝手に思い込んでいるわたしだ。

 

日高の海

 天気晴れ。この日の目的はアポイ岳登山。

 北海道の背骨「日高山脈」が三角形を作って太平洋に落ち込む突端が、はるか昔森進一の歌で一世を風靡した「襟裳岬」。盛夏以外はほんとうに何もない岬で、札幌から距離もあるため訪れる機会は少ない。

 電車の場合、苫小牧を発車した日高本線はシシャモの町・鵡川、軽種馬の日本一の産地・新冠、静内、浦河などの町を経由して終着駅の様似に至る。日高本線と並行して走るのが浦河国道で、右手に穏やかな太平洋を眺めながらのんびりした旅の気分を満喫できる。スピード違反で捕まる確率の高い国道でもあるが・・・ご注意。

 様似からさらに30キロほど走ると、突端の襟裳に到達できるのだが、この日の目的地はその手前にあった。

日高道路の右は太平洋 アポイ岳は様似から10キロほど海岸沿いに走ると左手に雄姿を見せる。険しく深く連なる日高山脈の山々に比べたら、標高811mという背丈の低い小山である。しかしこの山が全国の登山家から愛好されるなかなかの山なのである。


 この山の不思議なところは、標高が低いにもかかわらず2,000m級の山と同じような自然の植生を楽しめること。

 なぜなのか? 一つの理由は気候的な特徴にある。襟裳も含め、海と山が接しているこのあたりは霧の名所である。太平洋のすぐ近くにそびえるアポイ岳も海からの濃霧によって日光が遮られ、夏でも気温が低下するため、2,000m級の山と同様の気象条件なのである。もう一つの理由は、アポイ岳そのものが「かんらん岩」という特殊な岩石でできているということ。「かんらん岩」は普通の植物の成長を妨げる働きがあり、それに適応できた植物だけが生き残った。

針葉樹と青い空

 このように厳しい気象条件と特殊な地質の影響により、アポイ岳ではヒダカソウ、エゾコウゾリナなど、ここにしか生育しない固有種を含む約80種以上の貴重な高山植物が確認されている。「アポイ岳高山植物群落」は昭和27年に国・指定の特別天然記念物に、また昭和56年には日高山脈襟裳国定公園の特別保護地区に指定された。

 われわれはこの山に登る場合に、その行動一つ一つに特別な注意を払わなければならない。


< 登 山 >

 さて、様似の町を通り過ぎ「アポイ岳」の案内板に沿って浦河国道を左折する。「アポイ山麓自然公園」のキャンプ場を過ぎた先に広い駐車場とレストハウスがある。われわれは車の中で着替えをし、レストハウスの横から歩き始めた。清流ポンサヌシベツ川に沿った林道を進むと、登山届のポストがあったので記帳を済ます。

 樹林帯に入ってすぐの所に小さな沢があり、そこには靴底を洗えるようブラシが備え付けられているが、これは外来植物の種子を持ち込まないためという。植物同士だってけんかがあり、人間の目に見えないところで種の保存のための競争が行われている。

 右に折れて小川を渡ると、緩い傾斜の登りが続く。日ごろの運動不足のせいかこのあたりで既に息が苦しい。ゼーゼーハーハー・・・。新道が左手より合流するあたりから短い急登で、汗がどっと噴出する。セーターを脱いで半そでシャツ一枚に・・・。

 この山は距離が短いからか簡単に登れる。小学校中学年と思われる元気な兄弟が親に連れられてすたすたと上っている。一休みしているわれわれを追い抜いて行った。身軽な身が羨ましい。

アポイ岳より輝く太平洋 樹林帯を抜けるとすぐに休憩小屋のある5合目の尾根に出る。

 視界は一気に開け、前方にはピークへ伸びる登山路が、後は霞たなびく太平洋が望まれる。感動ものの晴れ晴れとした景観である。登ってきてよかったと思う瞬間である。


 小屋の近くで弁当を広げる。コンビニで仕入れてきたおにぎりだが、リュックに入れてここまで持ち上がったおにぎりは格別の味がした。たかがおにぎり、されどおにぎり。

 6月の涼風が顔をなで額の汗も引いた。一眠りしたい気分だが・・・。


< 自然を大切に >

 さて腹の虫を満足させ再出発。

 ここから山頂にかけての一帯が高山植物の宝庫だ。5合目から岩の露出した歩きにくい急な登りを終え、稜線上に出たところは通称「馬の背」と呼ばれる尾根である。ここから頂上に至るまでがこの山のハイライトだろう。斜面には季節とりどりの高山植物が花を咲かせ、稜線上を吹き抜ける風は爽やかだ。

頂上は向こうだ ところで5合目から先には、登山道区分のため、両脇にロープが張られている。山歩きのルールとして、このロープはいかなる場合でも跨いではならない。か弱い高山植物は人間の足に踏みつけられることを一番嫌がっているのだ。

 7合目の馬の背までは急坂であるが、花を楽しみながらのハイキング気分。7合目からは稜線で、眺めはいっそうすばらしいものとなる。汗を拭き拭き最後の上りにとりかかる。9合目あたりから再び樹林帯となり、もうすぐ頂上と自分に言い聞かせながら歩を運んでいたら、山頂に着いてしまった。汗を出した後のそこはかとない満足感。

 こんな面白い木がなんとなく物足りないのは頂上からの展望が開けていないこと。ダケカンバなどの樹林に覆われ、植生が途中までと逆転している。

 しばらく休んで下山開始。

 この時間になると上りの登山者が多くなる。「こんにちは」と声を掛け合い、足元の小石に滑らないよう注意して下りる。

 下山途中、注意書きを見つけた。その木枠部分に「とっていいのは写真だけ、残していいのは思い出だけ」と、彫り込まれていた。

 (余談:帰りの運転は弥次さんの番であったが途中足が痙攣し「運転できない!!」と泣きが入った。滅多にあることではないが、年のせいだろうか???)

<続く>

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