8章 ニセコ
<ニセコ町 山と温泉と>
神がもたらした自然にあふれたリゾート、ニセコ。
春夏秋冬それぞれの趣きを異にし、老若男女が気ままに集まり、スポーツに、芸術に、食に、温泉にニセコを満喫する。

渓流での釣や沢歩き、ラフティング、カヌー、トレッキングや登山、熱気球やハングライダーなどわくわくするようなたくさんのスポーツがニセコの山や草原で展開される。自然の中で景観を楽しみながら、自然と一体になってスポーツを楽しむことができるのだ。特に冬、雪に覆われたゲレンデからの眺めは雄大で、正面眼下に蝦夷富士「羊蹄山」を見下ろしながら広いゲレンデにシュプールを描くスキーは壮観である。
札幌から2時間の距離は北海道人にとって日帰りの距離ではないが、わたしはしばしば足を延ばし、折々の感動を味わった。
内陸のニセコ町は、周囲を倶知安町、岩内町、蘭越町、真狩村とそれぞれリゾート志向の町に囲まれ、羊蹄山の西側に位置する。
そのニセコ連峰は、正しくはニセコアンヌプリと呼ぶ。
主峰ニセコアンヌプリ(1308.2m)以下、イワオヌプリ(1116m)、ニトヌプリ(1080m)、チセヌプリ(1134.2m)、シャクナゲ岳(1074m)などいずれも、なだらかな山容の数座がほぼ東西に並走し、主として南斜面に有名なスキー場が集まる。
ペンションや民宿が軒を連ね、本州からもどっと観光客が押し寄せる。
またニセコ連山には、豊かな湯量を誇る温泉や大小多くの湖沼が点在し、訪問客には大きな楽しみとなる。初夏ともなると、五色温泉から湯本温泉に至る沼めぐりの道は、花畑に変身する。高山植物の宝庫でもある。
<神仙沼>
わたしの一番好きな場所は「神仙沼」。
春、神仙沼は太陽の恵みをいっぱいに受け雪の衣を脱ぎ捨て、半年ぶりにやっと姿を現す。雪解け水が山岳道路に溢れ出し、周囲の森が急速に緑をつけ始めるころ、わたしは初めてここを訪れた。
たどり着いた沼のほとりに人の気配はなく、その落ち着いたたたずまいと穢れのない美しさは、この世とは異次元の世界に思え、大いなる感動を受けた。ニセコの評価は一段と高まり、以来、幾度となく足を運ぶことになり、家族はもちろん多数の友人・知人を招き入れた。
神仙沼の発見は昭和に入ってからと、遅い。昭和3年10月7日、ボーイスカウトの生みの親・下田豊松氏一行が、ニセコ山系に青少年の心身修養、訓練の候補地を求めて入山し、その踏査中に発見したという。あまりの美しさ
に感動し、「神、仙人の住みたまうところ」から、神仙沼と命名された。
神仙沼駐車場から徒歩でおよそ15分、両側に背丈よりやや高い潅木が茂る木道を進む。週末にはハイカーが多く、「こんにちわ」の挨拶を交わしながらの道程だが、ウイークデイは人と出会うこともめったにない。小鳥の声以外は物音一つ聞こえない。いきなり熊が出てきてもおかしくない雰囲気だが、その時いかに対処すべきかを想像すると思わず身震いしてしまう。こちらの人は皆わかっていることだが、熊除けの鈴を鳴らしながら進む。やっと道が開けて広い湿原に出た。後ろを振り向くと、シャクナゲ岳へ続く尾根が小さく見えた。
ここは季節折々にその神秘的な表情が変化する。高山性の湿原植物が多い場所でもあり、6月から7月にかけてそれらの花がいっせいに咲き誇る。アカエゾマツやハイマツなどの原生林と湿原のコントラストもすっきりしていて清潔感を感じる。
しかし何と言っても秀逸は秋の紅葉。青く澄んだ神仙沼を彩る鮮やか
シラカバ、モミジ、カエデ、ナナカマドなどが色鮮やかに紅葉し、その色彩が水面に映えて鮮やかさが倍加する。まさに神・仙人からの贈り物。
木道で回遊できるのは沼の南端のみで、他は立ち入りが禁止されている。それゆえに神秘性が増し、清潔で均整の取れた景観も維持できるのだろう。
南端から「大谷地湿原」に続く別れ道がある。ここからの眺めが秀逸である。
秋の紅葉のある日、湖面を眺め思索にふけった。赤や黄に彩られた木々と青い空が、水面に写っている。そこには漣すらなく、鳥の声も聞こえず、時間が止まり、まったくの静寂の世界。絵にも描けず、ことばにすることもできない。
一人でいることも忘れ、周囲をボーッと眺める。自ら思考を停止し、この時間のたゆたいに身を任せ、孤独にたたずんでいた。このすばらしい時間はすすんで欲しくないと願った。
わたしはほとんどどっぷりと、「神仙沼」の魅力のとりこになってしまっていた。
神が作った高貴な贈り物、それゆえに昭和になるまで人跡に触れることを拒んできたのだろう。
<五色温泉>
帰り道は温泉三昧が待っている。この辺りは良質な温泉の宝庫でもある。雪秩父温泉や五色温泉にゆったりと浸かり倶知安に下り京極のおいしい水を汲んで帰るのもよし、遠出して日本海岸の岩内に下り雷電温泉に浸かるのもまたよし、バラエティに富んだ計画を組むことが可能だ。
わたしは
五色温泉を好んだ。
外観はみすぼらしいが、年輪を刻んだ風格のある温泉だ。
明治時代の小学校のような木造の古い玄関をくぐり、ぎしぎし音を立てる渡り廊下を伝って板張りの着替え所に出る。そそくさと服を脱ぎ、立て付けの悪いガラス戸を開けると、たたみ
20畳ほどの内湯が豊富な湯を惜しみなくかけ流して、湯客を待っていた。
適当に汗を流し、露天に出る。青空が目線いっぱいに広がる。右手にニセコアンヌプリ、左はイワオヌプリのなだらかな斜面の全貌を見上げることができる。
温泉に浸かっていると、登山客が汗をぬぐいながら登っていくのが、はっきりと見える。というより、登山の基点がすぐ足元にあり、おおらかな山の温泉のことだから、「がんばれよー」と声をかければ「行って来ま−す」と返ってくる。登山者からは露天の風呂は丸見えであり、前を隠さないむさくるしい男たちは、細かいことは気にせず、堂々とつったっている。気持ち悪いのだが、ここではそれがルールなのである。
しかしこのよき湯も最近リニューアルしたという。変わりかたが町の銭湯と同じでは困る。せめて湯治場らしい昔の情緒は残してもらいたいものです。
春、雪が解けて、カタクリが低山の明るい林の中に鮮やかなピンクの花を咲かせる。ニセコではちょうどゴールデンウィークが見頃。その名のとおり根はでんぷんを多く含み片栗粉になる。ニセコ駅前サイレン坂の群生は圧巻である。
(
ニセコリゾート観光協会にリンク)
<続く>

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