6章 函館


< 函館・・・その歴史 >

 かつて北海道が「蝦夷地」と呼ばれていた頃、寒冷な蝦夷地ではほとんど農産物を生産できず、海産物が唯一重要な製品であった。江戸末期、松前・江差とならんで「松前三湊」と称される中で、箱舘(旧名)はもっとも小規模な港であり、周辺に広がる「箱舘六ケ場所」から採れる昆布の集荷地であった。「北前船」を利用してその昆布を都の物資と交換し、人々は細々と生計をたてていた。


 箱舘の転機は寛政年間に訪れる。ロシアの脅威とアイヌの反乱により箱舘奉行が設置され、その政治的要因によって北方防備のための町という性格に変わった。しかしなんといっても近代函館発展のきっかけは、嘉永6年(1853)の米国使節ペリー来航にある。当時鎖国中の幕府は、苦心惨憺、翌1854年の日米和親条約により下田とここ箱舘の二港のみを開港することになる。

 水戸と長州を中心に攘夷論がはびこっていたころで、「恐ろしいことになった!」と当時の箱舘人の困惑する姿を想像することができるが、歴史の皮肉はこういうところにたびたび現れる。結果的にこの大事件が、明治以降の函館の飛躍を大いに助けることになった。


< 朝市の活気と賑わい >

財布の紐も緩む 函館の朝は元気な朝市の掛声で始まる。

 イキのいい獲れたての魚介類、地元でとれた野菜や柑橘類が店頭に並び、地べたに座って野菜や花を売っている「おばちゃん」が絵になるのも朝市ならではの風景。

 朝市の名称は、道内の他の町と同様、終戦直後の混乱期に、公認の朝市団体としてスタートしたのが由来。野菜、魚、珍味、花卉、更には衣類、日用品など何でも揃う朝市はまさに函館、道南の台所である。

 が、内地の人間にもっともわかりやすいのは、軒を連ねてイキのいい丼ものを食べさせてくれる大衆食堂。夏の観光客にはウニ、イクラ、イカが主要人気食材で、値段も安く、グルメ党の胃袋を十分満たしてくれる。

 これはテレビで散々放映されているから周知の話。最近は決して安くないといううわさもあるが・・・。

< 侠 気 >

 出張のある朝、ホテルの朝食を摂らないで朝市を覘いてみた。あいかわらず威勢のいい呼び声が市場全体に響いている。

 「おにいさん、もう商売終わったから、何でも好きなもの持って行きな。」と声がかかった。ドスの利いた声で呼び止められた私は思わずしりごみしたが、強い力で腕をつかんで放してくれない。朝から酒のにおいが強烈である。あちらの職業の方かと思ったが、腹を決めて並べてあった果物やじゃがいもを袋に詰めて、「こんなものでいいですか!」と差し出すと、「なにを遠慮しているの!持っていきなさいよ」とどさっと持ちきれないほどの果物を詰めると、肩を押して「お代はほんとうにいいんだってば!」と。無料である。

 いぶかる私に「お仕事がんばってねXXさん」と会社の名前まで呼ばれてしまった。
 
すぐ近くに会社の車を停めるところを見られたらしい。

 侠気に触れた。
 
その日は一日気持ちよく仕事ができた。


< 寿司とイカ >

 函館の町には寿司屋が多い。

 海の幸に恵まれ鮮度の高い魚介類が手軽に手に入る。魚好きの私にとってこの町の人には嫉妬すら感じる。

 特にこの町で最高の食材はイカ。イカ釣り舟が毎晩出航し、早朝に港に戻る。漁れた時間によって「朝イカ」「イケス」などと名前が異なる。それだけ鮮度にこだわっている。

 もちろんいただくのは「活イカ」である。水槽から出しその場で調理してテーブルに並ぶ。こりこりと、歯にあたる感触が小気味良く、甘みがじわりと口腔に広がる。

 イカのワタを「ゴロ」と呼ぶ。この新鮮なゴロがことのほかおいしい。銀紙で包んで焼くも良し、冷たいルイベも良し、イカ刺しにまぶすも良し、珍味である。ゴロを皿に溶いて酒と醤油と少々のみりんを混ぜてタレを作る。このタレで新鮮なイカ刺を食する。想像するだけで生唾が出てしまう。

<イカ釣船と漁火のこと>

 函館山の夜景で忘れてならないものがある。特に秋の澄み切った夜になおさら煌くもの、それは闇に点々と浮かぶイカ釣り船の漁火。
イカ釣りはイカの集光性を利用した夜の漁。夕方、暗闇が迫るころ船は港を出港する。両側に集魚灯をたくさん吊るした船は港からそう遠くない漁場に向かう。夜通し漁をした船は大量の新鮮な朝イカを船底に戻ってくる。その生きたままのイカが、朝市の飲食店で観光客に供されるのである。

ちなみに、釣ったばかりのイカを船上で密閉容器に漬け込むのが沖漬け。



<自然の優雅な贈り物・夜景>

港の水路に係留されたボート

 函館は夜景の町でもある。

 その特長は、函館山が町から伸びる砂州の先端にあるという地形的特長に由来する。

 夕刻ともなると、盛り場の多い函館の町に華やかなネオンが灯り出す。いつしか街に夜の帳がおりる。光の量は徐々に増え、さりげなく夜景の時間が始まる。

 この夜景は大向こうをうならせるような派手なものではない。じーんと心に染み込んでくる。その怜悧な印象の重なりが、見る者に大いなる感動を与える。

 左右は漆黒の闇、その間に細い灯りのくびれができる。くびれは先に伸びて次第に拡大し、奥に柔らかな夜景を広げる。その光と影のコントラストがあまりにも鮮やかで、いかなる形容詞も陳腐に聞こえてしまう。ことばにならず、思わず涙が・・・などということも。

 函館山から左は函館湾、右は津軽海峡で、この独特の地形が幻想的な夜景を作り出した。まさに自然がもたらした最高の贈り物である。

函館山ロープウエイへ)

<元町そして立待岬>

 昼間、函館山の麓の高台を散策するのも趣がある。
冒頭に触れた江戸末期開港当時の余韻に浸ることができる。
 わたしは仕事中の車の人であることが多かったが、時おり車を止めこの坂の多い町並みを散策した。異邦人の残した異種異様な建築遺産はそのまま町の文化遺産となり、いまや函館の観光資源となっている。


 数え上げればきりがないが、まずは向かい合って立つ代表的教会を二つ。

ハリストス正教会

 尖塔とアーチ装飾が目を引くビザンチン様式のハリストス正教会。”ハリストス”はキリストのロシア語表現で、もともとはロシア領事館の付属建造物であった。ギリシャ正教、ロシア正教布教の拠点であった。

カトリック元町教会聖堂

 そしてもう一つ、大正13年築というカトリック元町教会聖堂。こちらはゴシック建築で、高さ33mの大鐘楼が目立つ。ビザンチン風とゴシック風、中学時代の美術の時間に教わった建築様式で、だれもが必ずや試験問題で試された経験がある。さてその違いは?もう一度おさらいをしてみてはいかがでしょうか?

旧函館区公会堂

 瀟洒な黄色い洋風建築の旧函館区公会堂はシンメトリーの木造二階建。ここではクラシックドレスのレンタルができるので、いっとき西欧貴族になりきって優雅な記念撮影はいかが?ここはTV映りがいいのか、メジャーなチャネルで何回もオンエアされている。

 開港当時日本との交流にもっとも熱心だったのがイギリス、ロシアと中国。この三国は函館にもっとも大きな足跡を残した。旧イギリス領事館は数度の消失を繰り返したが大正2年竣工、開港にまつわる歴史の勉強ができる。レンガ造りの函館中華会館は、釘を使わない伝統工法と職人芸のたまもので、内部は中国貴族的絢爛豪華を誇る。
 他にも開港記念館や各国の領事館などなど・・・・。

 なにやらガイドブック調になってしまったが、建物に食傷したら、少し足を延ばして立待岬へ。

< 函館の啄木 >

 この地に文学の歴史が刻まれている。それは漂泊の詩人石川啄木

 釧路に似て、あるいは札幌でも小樽でも同様に、啄木の函館滞在は明治40年5月5日からわずか4ヶ月と短い。それゆえに「漂白の」という形容詞がつくのだろうが、その啄木が「死ぬときは函館で」と語ったという。

 なぜ啄木はそれほどまでに函館を愛したのか?
 かれが「石もて追はるるごとく」故郷渋民村を旅立ち、最初に赴任したのがこの函館・弥生尋常小学校の代用教員。失意と悲しみの放浪者に函館の人情は篤かったのだろう。人の情がかれをして前言を言わせしめた。
 函館人は東京で早世したかれの遺骨を分骨し、立待岬に墓碑を建てた。

 東海の 小島の磯の 白砂に 
      われ泣きぬれて 蟹とたはむる



< 五稜郭 >

 函館は悲劇の歴史を残している。それは五稜郭

五稜郭 大きすぎてフレームに納まらない

 幕末、鳥羽伏見で敗れた幕府軍は江戸で満を持したが上野でも会津でも破れ、東北列藩同盟も粉砕され、開陽丸で仙台からここ函館の地に逃れた。追い込まれたかれらは、五稜郭に立てこもり最後の戦に備えた。明治2年5月、榎本武揚、大鳥圭介、土方歳三ら最後の武士たちも応戦するが、薩長の近代兵器と圧倒的な戦力にはさすがに勝てず、降伏する。わが国最初の西洋式城砦「五稜郭」が築かれて、たった5年後のことであった。もともと外国の侵略を防御する目的で建築されたこの城砦が、内戦の場所となったことは歴史の皮肉というしかない。

 鎌倉以来700年続いた武士の時代はここに幕を閉じた。後世から考えれば歴史の流れの中で必然的に時代は終わったのだろうが、亡くなった武士たちは信念と魂をひっさげてあの世への旅に出た。

 真の武士たちの意地の嘆きが聞こえたような気がする。


 ただ、歴史がふしぎなのは、下級武士たちが戦渦に倒れて次々と討ち死にしていく中で、上級武士たちが生き残ったことだ。降伏した榎本や大鳥ら多くの指導者は生きながらえるばかりか、明治政府の要職に就き天寿を全うする・・・。これも、なんという歴史の皮肉!

<続く>

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