20章 北国の春
<春がやってきた>
「 春の音 」

北国の春は文字通り音を立ててやってくる。
網走の白鳥たちは北へ旅立ち、海明けのオホーツクの浜は漁を待ちわびた船と人とで活気づく。雪が消えた大地にはトラクターのエンジン音が響き出す。中島公園のマンションにも早朝小鳥たちのさえずりが聞こえる。
晴れた日に山道を走れば、道端の雪解け水が音高く流れている。大雪山やニセコ連邦から流れ出る水は小さな沢を集め、水嵩を増して道央の大河に流れ込む。
雪と寒さの重石が取れて、春の息吹が一気にほとばしり出る。雪国でないと経験できない瞬間である。
北海道で春を迎えたのは2回目である。初めての時はわくわくしているだけで過ぎ去ってしまった。次の春は、すっかり慣れたこの国の春をじっくり観察してやろうと思う。

4月某日、春の始まり。釧路湿原を右に見て、空港に向かうバスの中、まだ冬枯れの短い潅木だけの世界だが、あと1ヶ月もすると湿原の生物たちも動き出す。大自然が動き出す。北海道が動き出す。
「 大自然 」
人間は大自然の胎内で生を受けた。
大自然のふところで育てられ、大自然の恩恵を受け進化した。そして今日を築き上げ、われわれはその物質文明を享受している。
あくまでも人間の原点は大自然の微粒子であったことをこの先も忘れてはならない。
大自然の中にいると気持ちが休まる。何億年も昔、人類の生命が誕生した時のことを、人間は細胞のひだで本能的に感じるのかもしれない。そこに、自然との調和や共存を考えなければいけない原点がある。
自然に逆らえばその罰は重く、厳しい。北海道の自然に抱かれて生活しているとその偉大さを十二分に感じ取ることができる。
このことは、自然を破壊しあるいは排除し、コンクリートジャングルの生活に慣らされてしまった都市生活者にはピンとこないかもしれない。
「 ラムサール条約 」
ラムサール条約という世界的な条約がある。
鳥類(渡り鳥)の保護を地球規模の視点でとらえ、地球上の生物や自然を破壊や汚染から守っていこうという国際条約である。根釧原野もラムサール条約の保護地に指定され、具体的な会議が開かれ、種々の施策が行われている。
観光開発は自然環境を破壊してしまう危険をはらんでいる。しかし道がなければ美しい自然と接することもできない。
ここ釧路湿原は遊歩道で中に入る。自然が見られる。美しい自然のあるがままの姿と、今年もあたりまえのようにやってきた春の訪れを静かに感じたいものだ。
「 解氷 」
冬の長い北海道では阿寒湖や屈斜路湖、然別湖などこの冬訪問した湖のほとんどが凍る。年間、実に100日以上も凍っている湖も少なくない。氷の厚さは平均して80cm。
寒さが和らぎ、気温が零度を上回るようになると、厚く固い氷も表面の方から少しずつ解け始める。川ならまず両岸から。
しかしながら、上流から下流までびっしりとつながった状態で氷に覆われているので、見た目にはなかなか動かない。
やがて、劇的な瞬間がやってくる。解け始めて1ヶ月ほど経ったある日、ある時刻、川面を覆っていた氷が一斉に割れ、一挙に動き出す。
この話は聞くだけでも壮観であるが・・・。

「 早春前線 」
ところで早春前線という言葉がある。植物はみな一日の平均気温が5度を越えると生育をはじめる。すべてが芽吹き、みどりが萌え始める時ということから、この気温5度のラインを「早春前線」と呼ぶ。
4月初めに函館あたりで北海道へ上陸するこの前線はほぼ1ヶ月かけて道内を横断し根室まで達する。前線とともに山菜採りのシーズンも開幕する。野山や公園の木々も一斉に息を吹き返す。
汽車で広い北海道を横断するとそんな自然の変化がよくわかる。
そしていつのまにか花々が咲き乱れる季節がやってくる。
「 最終章 」
石狩川・河口「番屋の湯」近くの湿地帯に水芭蕉がみどりの頭を出し始めた。まだまばらな出揃いだが、5月の連休が見頃とか、朝日新聞の一面を飾っていた。
この季節のマスコミは春の訪れを一所懸命探していて、いろいろな手法で報道してくれる。そんなニュースを見て、読んで、道民は「ああ、やっと春がきた!」とさわやかな気分になる。元気が出てくる。

雪が残っている山の斜面などで、その雪の間からみどりの芽がちょこりと出てくるのに出会ったりすると「寒い冬をよく我慢して出てきてくれた。ありがとう。」と誉めてしまいたくなるのも、冬の厳しさを体験しているからこそである。
人もまた、寒さ厳しさを経験して始めて筋金が入る。野ざらしにあってもへこたれないで自力で芽を出し、大輪の花を咲かせる強さが欲しい。温室育ちにこれはできない。人も常に、あえてこの厳しさを求めるべきではなかろうか。
大通公園にパンジーをはじめとする春の花が植えられている。まだ寒くてちょっと可愛そうな気もするが、可憐に咲いている。もう少し暖かくなれば自然に元気が出てくるだろう。
人間達は待ちきれず、お弁当持参で広い公園のあちこちにたむろしている。風は肌寒いが、太陽の力で地熱は高い。老若男女それぞれの顔が明るく輝いているように見える。その光景をまぶたに焼き付ける。
中島公園もやっと開放された。
園内放送が元気な声を響かせている。池の貸しボートも店を開け、早くも満員の盛況で、さぞや鯉や鴨たちもおどろいていることだろう。
北国に本当の春が来た。

(写真:藻岩山を遠望・左の屋根はKITARA・右は豊平館−97.4.19)
<続く>

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