町人文化が造った庭園
いっぽうに贅を尽くした大名庭園があり、それは華やかで高尚な江戸文化を堪能できて楽しいのですが、他方、江戸にはささやかな町人文化も花開いています。
向島百花園は佐原鞠塢（きくう）という粋人が、文化文政のころ向島寺島町に、元旗本の屋敷を購入し梅を植えたことに始まります。鞠塢さんと仲のよかった当時の文人墨客が彼に協力を惜しまなかったことは疑いの余地がありません。彼らはさまざまな花木の苗木を持ち込んで庭園を造成しました。
大名庭園のような華やかさとは別の、枯れた庭が出来上がりました。
寺島町といえば明治・大正のころは“玉の井”といいました。永井荷風の『墨東奇談』の背景となった三業地です。この辺り一体には昔から風流を楽しむ町人精神が根付いていました。
明治中ごろの百花園
花と石碑
この庭園の特徴は二つあります。
ひとつはいうまでもなく、植樹された花木の楽しさにあります。知識や教養をいっぱい身につけたお大尽たちは、こだわりを持って庭を造りました。万葉集や中国の詩経から題材をとって、その雰囲気を、それは夢の世界かもしれませんが、作り上げたのです。
当然四季おりおりに催された行事は盛況を極めたでしょう。うらやましいかぎりです。
春夏秋冬花不断 東西南北客来来
柴門の左右に刻み込まれています
もうひとつは石碑の存在です。太平洋戦争の業火から幸いにも焼け残った二十数基の石碑は、江戸史に興味のある方にとっては勉強しがいのある格好の材料です。
春をやゝ けしきとゝのふ 月と梅 芭蕉
もともと百花園は”梅屋敷”です。当時の花見といえば梅が主流。上品な雰囲気があります。
さてとりいそぎ目立った花木を列挙してみましょう。解説は暇なときにおいおい加えていくということでご勘弁ください。
ミスミソウ
盗掘のため野に自生する花は激減しているといいます。全体の雰囲気と純白の清楚さがなんともいえません。花言葉は“忍耐”。可憐さのうちに雪を割って咲く力を秘めています。
スイセン
ジンチョウゲ
ぬかあめに ぬるゝ丁子の香なりけり 久保田万太郎
シジミバナ
ツクシンボとハナニラ
レンギョウ
連翹の 一枝円を 描きたり 高浜虚子
あいづしもつけ
たむけやま
水辺の桜
あきぐみの新芽
ゼンマイ（薇）
ぜんまいの 渦の明るさ 地をはなれ 岸霜蔭
フリソデヤナギ・ネコヤナギ
ときをりの 水のささやき 猫柳 中村汀女
はないかだ新芽
うぐいすかぐら
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