座敷が店
庭
天ぷらとせいろ蕎麦
立派な店構えの根橋屋
店の前の景色
フキノトウ

2005年3月27日

<信州の蕎麦>

飛騨から帰り道の昼食は、松本市西郊の鄙びた山村・山形村唐沢集落にある「根橋屋」の蕎麦と決めていた。

信州には蕎麦の名所・名店が数多い。戸隠や安曇野は東京でもチェーン店が味と値段を競っている。長野善光寺や松本市内にも名店が多い。
 飯山市富倉のそばは、山ゴボウの葉をつなぎにして打つ。南佐久郡川上村は千曲川上流の山間地で鮎釣のメッカだが、かってはソバに食生活を依存していた。上水内郡信濃町の柏原は良質な蕎麦の生産地。南信州の飯田周辺でも街道筋に蕎麦の看板は目立つし、大根おろしで食する高遠蕎麦や木曽郡開田村も有名だ。
 そしてこの日のターゲット山形村唐沢の蕎麦街道も著名な信州蕎麦の一つで、10数件の店が腕を競う。
 米が収穫できない信州で代替作物として蕎麦を栽培し、それが各地の産物として有名になったことに何の不思議はないが、ここまで「蕎麦の時代」がくるとは誰も予想しなかったにちがいない。


<唐沢蕎麦街道>

車は松本に向かって「沢渡」「島々」を過ぎ、「新島々」から松本電鉄と平行して走る。しばらくすると左手に波田小学校、右手に波田駅があり、その「鍋割」の交差点を右折する。通称「サラダ街道」を10分ほど走ると右側に「清水(きよみず)高原入口」のアーチがかかっていた。わかりにくい道路だが何とかたどり着いた。ここが唐沢蕎麦街道の入口で、奥に向かって蕎麦屋さんが並んでいる。

一軒一軒屋号を確認しながら、中腹で「根橋屋」の暖簾を見つけた。
 この店の話は10年も前から聞いていた。都内某所の飲み屋さんで隣に座った蕎麦好きのかたが絶賛し、「わざわざ東京から車で食べに行く」と惚れ込んでいた。「日本一!」は大げさだが、そこまで褒め称えるものなら、是非食さなければと常々思いながら10年が過ぎてしまった。


<根橋屋>

午後1時を回っていたせいか、食事を済ませた客と入れ替わり駐車場に車を滑り込ませた。暖簾をくぐって座敷に通された。
 田舎に行って親戚の座敷にあがったような気分だが、この座敷は予想以上に広い。この座敷だけでも優に50人は座ることができるのに、廊下と反対側にも座敷があり、またコの字に曲がった奥にもあるようだ。うーん、すごい建坪!と妙なところに驚いてしまった。加えて樹木のいっぱい植わった庭もかなりの広さだ。

家族総出の切り盛りの中で若女将らしい活発な方が応対をしてくれた。繁盛店のサービスは畳の上を走るように動かないと間に合わない。わたしたちはお昼の最多忙時をはずしていたからその点ラッキーだった。


<挽きぐるみの二八蕎麦>

手短に打ち方を聞いてみると「にっぱち(二八)で打っています」との返事。
 ほかの客のテーブルを眺めて一番人気と思える「天ぷらせいろ」を頼んだ。
 空腹を抱えて待つことしばし、期待通りの量で出てきた。挽きぐるみの田舎蕎麦は器に溢れているし、天ぷらも大盛りで思わずニンマリ。まず小さくつまんでひとスジを口に含む。香りはこの時期にしてはまあまあ、コシはしっかりしている。蕎麦つゆは辛めで薄め。トータルして水準以上はいっている。天ぷらは野菜中心でさくさくと歯ごたえがいい。
 ここからは無心で蕎麦をほお張った。ツルツルという音以外にことばもなく、いつの間にか食べ終わっていた。
 さて下世話だが、値段がリーズナブルだ。なんと800円と驚きだが、ほんとうは驚くことではないと思う。有名店の蕎麦があまりにも高くなりすぎてしまったのだ。

ふと昔のことを思い出した。学生時代に同じ信州の野沢温泉にスキーに行った際、民宿でお茶と野沢菜をたっぷりいただいた。お茶も少し飲むとすぐに注ぎ足され、すすめ上手のおじいちゃんに「もう結構です!」といえなかった。ほかにもそんな経験をして、あの接客の態度は信州人の温かいもてなしの習慣だったのかと思うようになった。

唐沢の蕎麦もその延長線上にあるという気がした。平素東京で、まずい蕎麦か、おいしくても少量で高額な蕎麦を食しているものにはたいへんありがたい。もちろん「蕎麦は江戸」といえるほどに東京の蕎麦はレベルが高い。しかし庶民の食べ物が法外に高いのはいただけない。それにくらべ、この値段でこの蕎麦を食べさせてくれる唐沢蕎麦街道は立派だ。賛辞を送りたい。


<蕎麦の畑>

食事を終わって外に出た。山が見える。大明神山・天狗岩・金松寺山など北アルプスの高みから降りてきた峰々だ。
 すぐ目の前に広い畑がある。ところが都会人の悲しさで、最初それが蕎麦畑とは気がつかなかった。腹ふくれて鼻風船で申し訳なかったが、この畑は明らかに蕎麦畑だ。収穫の季節が近くなると蕎麦の白い花が畑を覆い尽くす。その光景も壮観だろうし、蕎麦祭りなども催され、この蕎麦の郷に蕎麦好きが集まってくる。わたしは収穫された新蕎麦の香りに満たされた山里の光景を想像し、またしてもにんまり。ぜひ、こんどは新蕎麦の季節に来てみたい。

<完>


信 州

山形村唐沢集落・蕎麦街道

こぶしの花

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